不安に思うなよ!

前回のブログでも少し紹介した法然上人のお歌について少し深堀してみます。

法然上人のお歌

法然上人

法然上人のお歌と御法語を引用させてもらいます。
まずは法然上人のお歌から

極楽へ つとめてはやく い出立てば 身の終わりには まいりつきなん

これですね。

これは極楽というのは、とても遠くにありますが、そこへたどり着けるか不安を感じる必要は無い。しっかりと日々行動していれば、ご臨終の際には辿り着けますよ。
という事を言っているお歌です。
極楽浄土の場所は、『仏説阿弥陀経』に説かれています。
ここより西方へ十万憶の仏国土の向こう側に西方極楽浄土があります。
という一文があります。

とても遠いですが、無限に遠くではなく有限なんです。有限ということは進んでいれば必ず辿り着けるという意味でもあります。
ただ遠すぎて、本当にたどり着けるか不安になる。日々、一歩一歩足を進めていけるか怖い。
という思いは必ず湧いてくると思います。

では、何をしたらいいのか?どうすれば、”出で立つ”ことが出来るのか。
というのは御法語の方に参考になりそうな文がありました。

法然上人の御法語

浄土宗開宗850年

法然上人の御法語は沢山ありますが、その中の一つ「一紙小消息」にこんな一文があります。

行は、一念十念なおむなしからずと信じて、無間に修すべし

念仏を一回しか唱えられなかった。10回は唱えたぞ!と回数に拘る必要はない。
「むなしい」とは空しいとか虚しいです。
むなしからず、とは空しいの反対なので、「空しくない」「虚しくない」という意味です。

行(お念仏)を1回した、10回したとしても、虚しくないと信じて、絶え間なく厳しく修めるべき

という訳になるかと思います。

務めるという行

苦しみ

お歌の方では、極楽へ行くために「つとめる」とあります。
何か行動に起こす事なんでしょうが、具体的に何をすればいいのか、というのが御法語にありました。

行というのは、お念仏ですね。
それも1回とか10回ではなく、「絶え間なく厳しく修すべき」とありますね。

少し調べてみましたが、『無間』というのは、無間地獄から来てるワードなんですね。
仏教では極楽だけでなく、地獄もしっかりと定義さています。

地獄とは、地下八階構造になっていて、その最も下にあるのが無間地獄です。
他の地獄とは違い、間断なく責め苦を受けるところです。
別名阿鼻地獄。責め続けられているので、悲鳴が止まない事からこう言われるようになったそうです。

日々、お念仏をする事ではるか遠くにある西方極楽浄土へ行く事が出来る。というのは法然上人が言っています。
ぜひ、日々の生活の中でお念仏をしてみる習慣をつけてみてください。

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